2018年02月05日

J.S.ミル『大学教育について』 要約(1) 大学教育の目的

要約(1) 大学教育の目的

 大学で行われる教育に対しては、個人の教育観に則り諸々の意見が述べられる。
 だが、そもそも「教育」とは何を表すのであろうか。「教育」という概念は、その含有範囲の違いから、狭義の教育と広義の教育に大別される。

 広義の教育は、理想とされる人格の完成を目的とする個人の努力の援助全てとして示される。

 この「教育」は、人格の完成という大目的に対するあらゆる手段が内包され、個人間での特定の知識伝達を目的とした学習に限定されず、社会制度や生活様式、自然環境など、個人が外的要因から及ぼされる影響すべてが当てはまる。
 そして、直接的、間接的にかかわらず、人格の形成に対して影響を与える全ては広義の教育として認識される。

 対して、狭義の教育とは、人間社会の進歩の段階を維持、向上させるために教養が伝達されることを表す。

 各世代の個人間が社会進歩を担う後継者育成のため、広く教養を学習させる、受け継がせることがこの教育の目的とされる。
 大学を筆頭とする教育機関で「教育」の問題として関心の対象とされるのは、この直接的な教育のことである。

 大学を含む学校教育は、直接的な学習を通じての教養の習得を目的とする。その目的に基づき、大学では文学教育や科学教育などの学問分野が学ばれる。

 しかし、いわゆる職業教育、職業訓練の実施は、教養の習得を目的とする本来の大学教育のあり方として適切なものではない。
 大学は、専門的な職に就くための技術、知識を得るための教育機関ではなく、狭義の教育を実施する機関として、有能で教養ある人間を育成することを目的とする。

 専門的な職業人としての教育以前の、根本としての人間性の涵養、教養人の育成を行うのが大学である。故に、技術的、専門的知識の習得のみを求める職業教育は、大学教育以後に行われるべきだと考えられる。

 では、大学教育が理想とする教養人を育成するために、大学では何が学ばれるべきであろうか。

 教養ある人間の形成に必要と考えられるのは、「一般教養」の教育である。
 ここでいう一般教養とは、常識や基礎知識といったことではなく「知識の体系化」を表す。個々に独立している部分的な知識間の関係を理解し、「知識の全領域の地図」を作り上げることこそが「知識の体系化」であり、大学教育の役割だとされる。

 つまり、大学教育とは知識の専門性を教え込む空間ではなく、それらの知識を成立させている「学問」の構造を理解することが最大の目的である。

 ともすれば、大学とは専門的知識獲得の場であるように錯覚されがちであるが、本来の大学教育とは、専門的な諸分野への分岐の前段階としての学問の構造を学ぶべきものなのである。

(ヨハネ研究の森 第13期生 日高)

 
posted by ヨハネ研究の森 at 15:00 | 教育学