2017年06月03日

E・F・シューマッハー『スモール・イズ・ビューティフル』  要約(1) 現代産業社会の思想と問題

要約(1) 現代産業社会の思想と問題

 現代文明は、近年急速に発展を続けている。産業革命以降、科学技術の発展の功績は社会全体へと波及し、それ以前とは比較にならない拡大をもたらした。
 工業化によって、先進諸国にすむ人の生活水準は格段に向上し、人々は快適かつ幸福な生活を送ることが可能になったといわれている。

 そのような現代産業社会においては、絶え間ない成長、拡大こそが唯一の解として扱われる。文明は常に、より良い社会、生活への進歩が求められるために、現代社会は無限の発展と拡大を前提の思想として成立する。

 アダム・スミスに端を発す近現代経済学は、このような進化論的思想に経済学的後ろ盾を与えた。
 利益追求の効率性のみを絶対的な尺度とする経済学は、文明社会の成長主義、大規模主義を肯定する。その過程で、経済学は利益追求という尺度に当てはまらない非経済的価値を捨象した。

 それ故、環境や倫理といった本来的に人間と密接に関わる存在が放棄され、文明社会、経済学における人間性の欠如が加速していく。
 その象徴的存在が、国境を越え倫理的障壁から解き放たれた多国籍企業であろう。利益至上主義的経済学による盲目的な成長の肯定は、現代文明社会の絶対的価値規範となったのである。

 その前提の上で、近年の多くの経済学者は、そのような成長主義的、物質主義的思想に基づく文明社会の継続的発展傾向の永久性、すなわち「生産の問題」の解決は達成されたと考えている。

 「生産の問題」の解決とは、現代文明社会において、物質社会の根本たる「生産」を妨げる障壁は全て克服できるものであるとし、半永久的な拡大が可能な状態にあるということである。
 つまり、現代文明が、生産と消費の関係としては既に完成形に達し、進化論的な無限の発達が行われていくであろうということでもあるだろう。

 しかし、果たして「生産の問題」は本当に解決されているのであろうか。半永久的な成長には、そのための資本も同時に半永久的なものでなければならない。だが、文明社会の維持、拡大のための産業は、ほとんどが有限な資本に立脚している。

 とりわけ、文明社会を維持するために必要不可欠な存在であるエネルギーの消費量は大幅に増大し、その有限性が指摘されて久しい。
 エネルギーの持続不可能性は、石炭に代わる石油、石油に代わる原子力というように、科学技術の継続的発展によって解決され続けるとされるが、有限な資源を使い続けることによってのみ文明社会が維持され発展し得るという構図には何ら変化がない。
 現代社会には、有限な資源を土台として無限の発展を求めるという構造的欠陥があると言わざるを得ないであろう。
 
 すなわち、現代文明社会は、利益追求を唯一の尺度とする経済学に依拠し、経済学において顧みられることのない非経済的価値、例えば環境や倫理といったものを捨象することで発展を遂げた。
 しかし、経済学的思想によって肯定されているはずの現代社会は、現実には有限なエネルギーを消費し続ける持続不可能な状態にある。

 それ故、人間性の欠如した成長幻想の代償は、文明社会が消費し続けてきた資本、つまり一次エネルギーとしての資源の枯渇として表面化するであろう。この構造的問題に早急に対処することが求められる。 

(ヨハネ研究の森 第13期生 日高)

 
posted by ヨハネ研究の森 at 08:00 | 経済学