2017年05月12日

アマルティア・セン『アイデンティティに先行する理性』 要約(2) 過度な共同体主義

要約(2) 過度な共同体主義

 一方では、共同体主義が、社会的アイデンティティを重要視しているだろう。けれども、共同体主義においても、同様な二つの問題がみられる。

 一つは、全ての価値観や合理性は各文化共同体に対して相対的であるとする、文化相対主義者である。
 もう一つは、マイケル・サンデルに代表される個人の自立や自己決定を何よりも重視するリベラリズムに対して、共同体固有の価値観や道徳意識を大切にしなければ自立的で自由な個人も育たないとして、個人主義的なリベラリズムを批判する立場である。

 前者は、世界をそれぞれ自己完結的な自閉的世界にさせ、文化的な対話や相互交流の可能性を一切断念させてしまう。
 
 そして、後者は、共同体主義が主張する共同体価値(好意、忠義心、連帯性)が成り立たない場面に注意を促す。
 しかし、共通の利益によって結ばれておらず、互いに競合している経済・社会的集団同士の場合、こうした状況において互いの対立を認めた上で、なお相互になんらかの共通の合意や規範を模索する必要がある。
 したがって、共同体内部での強い結束力や相互関係にのみ目を向けて、最初から共同体的連帯意識を欠いた、異なる文化や共同体間の関係には比較的無関心であるような立場では、こうした状況の改善は望めないだろう。

 ときに、ここでいう共同体主義は、共同体の空洞化による弊害を背景として生まれた。
 共同体主義は、リベラルな個人主義が主流である北米地域において、リベラリズムが共同体関係を崩壊させた、と認識している。そして、共同体の崩壊が、現代を蝕む社会病理の真因であるという判断を下した。
 
 共同体の崩壊は、個人の社会的アイデンティティを衰弱させ、安定した価値観や倫理観の基盤を解体する。その結果、招くのが空虚化した個人の内面である。
 こうした問題を解決する試みとして、社会的アイデンティティの復権を目指す立場が、共同体主義である。

(ヨハネ研究の森 第9期生 蓮生)

 
posted by ヨハネ研究の森 at 13:00 | 哲学