2017年05月12日

アマルティア・セン『アイデンティティに先行する理性』 解説

解説

 本書では、経済学理論の社会的アイデンティティ軽視に対する批判がなされる一方で、過度な社会的アイデンティティ重視は危険であることが述べられている。
 そして、著者は、社会的アイデンティティが重要であることを認めつつも、個人の理性的な姿勢やものの見方がいかに大切であるかを訴える。

 本書の内容は、共同体における多文化共生、とりわけ「個」が共同体の規範に適応していく過程での、共存の在り方の再評価にもつながるものではないだろうか。
 
 また、私には、次のような疑問があった。
 私たちは、共同体に所属している。もし、その場所での行動規範を意識し、それを担っていく側として「私」が生活を営む立場にあるとき、その行動規範から外れた他者や生活一般に対して、私たちは如何にして正義を貫くか。

 一方で、その行動規範を意識した上で、悪いとされることを自覚しながらも行おうとする「この私」もいる。そのなかで、私たちは共同体の行動規範をどこまで他者に適用してよいのか、といった疑問は絶えない。
 共同体の行動様式を担う「私」は、どこまで私たちを導いてくれるのか。もっといえば、「私」に依拠する「この私」は、日々の営みのなかで、どこまで正しいのだろうか。
 
 私は、本書を読み進めるにつれて、その内容が私たち自身の問題であると同時に、解決されずにいたこの疑問への、明瞭な答えであることに気づいた。

 「私とは何か」といった自己の内面性や価値観を考える際、少なくとも「個人としてのアイデンティティ」と「社会的アイデンティティ」という2つの側面を同時に考慮しなければ答えを出すことはできないという認識を、私は重視したい。

(ヨハネ研究の森 第9期生 蓮生、一部改変)

posted by ヨハネ研究の森 at 12:00 | 哲学