2017年04月28日

ショウペンハウエル『読書について 他二篇』 要約(3)「読書について」

要約(3) 「読書について」

 読書とは、「他人にものを考えてもらうこと」である。本を読む過程において、人々は自ら考えるということを怠り、他人の思考を反復するだけに留まる。他者の思考を鵜呑みにし、己の思考の柔軟性を自ら殺している。すなわち多読家や学者とは、自らの思索を失った「精神的廃疾者」なのである。
 
 では、我々はどのように読書と相対するべきなのだろう。読書に際しての心がけとは、「読まずにすます」ことである。金儲けのために書かれた大衆向けの書物は、一時の流行でしかない。無意味な悪書に時間と金を費やすほど、無駄なことはないのである。
 
 我々が読むべきは、このような低俗な書物などではない。あらゆる時代、民族の天才が生んだ作品、いわゆる「古典」を読むべきである。愚かな一般大衆は、低俗な流行小説は嬉々として買い漁るのに対し、有意義な古典に対しては、知識として書名を知るだけで満足する。だが、本来書物が持つはずの知は、この「古典」にしか存在しない。練達した思索家は、このような「古典」のみに触れるべきなのである。
 
 だが同時に、こういった「古典」にあたる際、大衆が低俗な書物にあたるような姿勢で読書してはならない。偉大な書物を消費するのではなく、反復、反芻し熟慮しなければならない。その過程を通すことで、自己の精神に過去の賢者の精神を付着させることができるのである。

(ヨハネ研究の森 第13期生 日高)

 
posted by ヨハネ研究の森 at 09:00 | 哲学