2017年04月27日

ショウペンハウエル『読書について 他二篇』 解説

解説

 本書『読書について 他二篇』は、ドイツの哲学者ショウペンハウエルが1817年に著した『意志と表象としての世界』の付録、補遺である『パレルガ・ウント・パラリーポメナ』に所収されていた三篇を翻訳したものである。それぞれ、本書では「思索」「著作と文体」「読書について」と称され、読書というものがいかなるものなのか、どのような意味を持つ行為なのかということを明らかにする。

 だが、ショウペンハウエルは、本書『読書について 他二篇』のなかで、読書というものがもたらす弊害を徹底的に論じている。そして、鋭い皮肉を交えながら、読書がどのような罪を内在したものであるか、読書家として尊敬の対象にされる人々が、本質においてどのような価値をもっているのか批評する。

 つまり、彼は、本や読書などといったものがもたらす罪を、書物に著し、それを読ませることによって伝えようとしているのである。自分は読了前、このことに根本的矛盾がないのだろうかという疑問を抱いていた。

 しかし、ショウペンハウエルは本書において、粗製濫造される書物や多読家とされる人物を痛烈に批判した後、どのような書物を読むべきか、言葉を如何に扱うべきかということに触れ、やはり当時のドイツ文壇を批判する。その一語一語は、読書や多読を強烈に批判するものであり、我々には耳の痛いところも多い。

 ともすれば、著者の主張を鵜呑みにしかねない我々は、「読書とは、自ら思索することを放棄し、他者に思索をゆだねる行為である」とするショウペンハウエルの批判を、真っ向から受けざるを得ない立場にあるのかもしれない。我々は、どのように「読書」というものを受けとめるべきなのだろうか。そのことに対する検討が、何らかの形で必要なことは間違いない。

(ヨハネ研究の森 第13期生 日高)
 
posted by ヨハネ研究の森 at 12:00 | 哲学